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流鉄流山線の駅から街歩き!今回は第2弾として、幸谷(こうや)駅と新松戸駅周辺を散策してきました。
JR常磐線・武蔵野線が乗り入れる新松戸駅からほど近い場所にある、流鉄流山線の幸谷駅。
多くの人が行き交う新松戸駅周辺ですが、少し足を延ばすと、歴史ある神社やお寺、地域に伝わる「切られ地蔵」など、昔ながらの風景が残されています。
一方、新松戸駅東側では再開発による新たな街づくりも進められており、街の風景はこれから大きく変わろうとしています。
今回は、幸谷駅を出発して赤城神社や福昌寺、切られ地蔵を訪ねながら、街歩きの途中で立ち寄れるカフェや、新松戸駅周辺のこれからの姿もご紹介します。
昔から受け継がれてきた歴史と、これから生まれる新しい街並み。
そんな幸谷・新松戸の魅力を、一緒に歩きながら見つけていきましょう!
流鉄流山線「幸谷駅」から街歩きスタート!

流鉄流山線の幸谷駅(こうやえき)は、千葉県松戸市にある流鉄流山線の駅です。
馬橋駅から数えて2番目の駅で、JR常磐線・武蔵野線が乗り入れる新松戸駅からも徒歩でアクセスできます。
幸谷駅の特徴は、何といっても住宅やマンションに囲まれた独特の駅の風景。
ホームのすぐ隣には建物が立ち並び、街の中に鉄道が溶け込んでいるような光景が広がっています。

駅構内には昔ながらの切符売り場や有人窓口があり、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気も魅力です。
また、ホームには色とりどりのベンチが並び、オレンジ色の車両との組み合わせも印象的でした。因みに今回乗車してきたのは「流星」です🌈
大きなターミナル駅とはひと味違う、ローカル鉄道ならではの風景。
今回は、そんな幸谷駅を出発して、周辺に残る歴史や街の魅力を探していきます。
幸谷駅の歴史|新松戸の発展とともに移転した駅

幸谷駅が開業したのは、1961年(昭和36年)2月3日。
実は、現在の幸谷駅は開業当時とは異なる場所にありました。
1973年(昭和48年)には国鉄(現在のJR)の新松戸駅が開業し、周辺の街づくりも進んでいきます。
そして1982年(昭和57年)1月10日、幸谷駅は新松戸駅に近い現在の場所へ移転しました。
現在の幸谷駅は、マンション「流鉄カーサ新松戸」の1階部分に駅施設とホームが設けられた、ちょっと珍しい構造になっています。
実際にホームに立ってみると、すぐ頭上にはマンションの建物があり、一般的な駅とはひと味違う風景が広がっていました。
昔ながらの切符売り場や有人改札も残されており、新松戸という都市の中にありながら、ローカル鉄道らしい雰囲気を感じられる駅です。
幸谷駅の歴史を振り返ると、新松戸の街が発展してきた様子も見えてきます。
幸谷の歴史を感じる「赤城神社」

幸谷駅から歩いて最初に訪れたのは、松戸市幸谷にある「赤城神社(あかぎじんじゃ)」です。
住宅街の中にある神社ですが、境内に入ると真っ白な鳥居と鮮やかな朱色の社殿が目に飛び込んできます。
青空とのコントラストが美しく、とても印象的な風景でした。
400年以上の歴史を持つ幸谷の鎮守様

赤城神社が創建されたのは、1589年(天正17年)。
群馬県にある赤城神社から神様を迎え、当時の幸谷村の鎮守として祀られたのが始まりとされています。
御祭神は「大己貴命(おおなむちのみこと)」です。
現在の美しい社殿と境内は、新松戸地区の開発に伴い、1977年(昭和52年)に整備されました。
つまり、赤城神社も新松戸の街づくりとともに姿を変えてきた歴史があるんですね。
境内に残る大きなスダジイの木

もうひとつ印象に残ったのが、表参道の近くにある大きなスダジイの木です。
太い幹から枝が大きく広がり、周囲を覆うように葉が茂っています。
このスダジイは、2017年(平成29年)4月に松戸市の保護樹木に指定されています。
新松戸の街が発展していく中で、こうした立派な木が残されているのも興味深いところです。
歴史ある神社と豊かな自然。
赤城神社は、幸谷の昔の姿を感じられる街歩きスポットでした。
幸谷 赤城神社
福昌寺|緑に囲まれた歴史あるお寺

赤城神社を後にして、次に訪れたのは「福昌寺(ふくしょうじ)」です。
住宅街の中にある福昌寺は、境内に大きな木々が生い茂り、落ち着いた雰囲気が広がるお寺です。
石段を上がっていくと、緑に囲まれた観音堂が見えてきます。
先ほど訪れた赤城神社の鮮やかな朱色の社殿とは対照的に、こちらは木造建築の落ち着いた佇まいが印象的でした。

境内には大きな赤いだるまも祀られており、思わず足を止めてしまいました。
江戸時代の歴史を伝える「野馬捕の献額」

江戸時代、この地域には幕府の牧場「小金牧」が広がり、放牧されていた馬を捕らえる「野馬捕」が行われていました。
松戸市の公式資料によると、1882年(明治15年)に制作・奉納された「野馬捕の献額」には、馬を捕らえる様子や当時の人々の暮らしが描かれています。
この献額は、1966年(昭和41年)5月17日に松戸市の有形文化財に指定されました。
今回の訪問では説明板を確認できましたが、献額の実物を見ることはできませんでした。
境内で見つけた白い馬の像

福昌寺の境内を散策していると、小さな木造のお堂の中に駿馬像(しゅんめぞう)が納められているのを見つけました。
格子越しにのぞいてみると、駿馬像がこちらを向いています。

松戸市観光協会によると、駿馬像(しゅんめぞう)は福昌寺と小金牧との歴史的なつながりを伝えるものとされています。
福昌寺には、かつての野馬捕りの様子を描いた献額も伝わっており、この地域と馬との深い関わりを感じることができます。
福昌寺
幸谷の「切られ地蔵」|2体のお地蔵さんに残る歴史
福昌寺を後にして、次に訪れたのは、幸谷にある「切られ地蔵」です。
「切られ地蔵」という少し変わった名前が気になり、今回の街歩きで立ち寄ってみました。
現地には、形や表情の異なる2体のお地蔵さんが並んでいます。
頭に傷が残る右側のお地蔵さん

右側のお地蔵さんをよく見ると、頭の部分に切りつけられたような跡が確認できます。
長い年月を経た石像ですが、その傷は今も残されているように見えました。お地蔵さんのどこか厳かな表情が印象的でした。
「切られ地蔵」という名前には、いったいどのような由来があるのでしょうか。
玉を持つ左側のお地蔵さん

一方、左側のお地蔵さんは、右側とは少し違った姿をしています。
手には丸い玉のようなものを持ち、穏やかな表情を浮かべているのが印象的でした。
同じ場所に並んでいる2体ですが、それぞれ姿が異なるところも興味深いですね。
普段は何気なく通り過ぎてしまいそうな場所にも、こうした歴史を感じさせる石像が残されていました。
斬られ地蔵に伝わる不思議な伝説
松戸市観光協会によると、幸谷の斬られ地蔵には、こんな伝説が残されています。以下引用です。
昔、近くの竹やぶに白い衣をまとった妖怪が現れ、刀で斬りつけたところ手応えがあったそうです。
ところが翌日、幸谷で傷を負って倒れているお地蔵さんが見つかったといいます。
現在、福昌寺の墓地には向かい合うように2体の石像があり、そのうち1体のお地蔵さんの額には傷のような跡が残っています。
実際に訪れてみると、2体のお地蔵さんは姿も表情も異なり、特に額に傷のあるお地蔵さんが印象的でした。
※このお話は、地域に伝わる伝説です。
切られ地蔵
Cafe.幸谷 kouya|街歩きの途中に立ち寄りたいカフェ

赤城神社、福昌寺、切られ地蔵と、幸谷の歴史を感じるスポットを巡ったあとは、「Cafe.幸谷 kouya」へ。

幸谷周辺の街歩きで、ひと休みするのに立ち寄りたいカフェです。
今回は散策の途中にお店を訪ねてみました。行き方は非常に複雑で💦溜脇公園の横の長い階段を上り、未舗装の小道を進んでいくとお店にたどり着きます😅
Cafe.幸谷 kouyaを訪問
お店を訪れた際には、残念ながらランチの提供が終了していました💦お店に到着したのは14時30分頃。
しかし、入口には「ただいま満席です」「本日のランチは完売いたしました」との案内が!

残念ながら今回は入店を見送りました😭😭
人気のランチを楽しみにしていましたが、少し訪問時間が遅かったようです。次回はもう少し早い時間に訪れて、ランチをいただいてみたいと思います。
※ランチの提供時間や営業状況は、訪問前に最新情報をご確認ください。
Cafe.幸谷 kouya
新松戸駅東側の再開発|これから変わる駅前の風景
幸谷の歴史ある街並みを巡ったあとは、新松戸駅の東側へ。
現在、この一帯では「新松戸駅東側地区土地区画整理事業」が進められています。
これまでの街並みが大きく変わろうとしている場所です。

新松戸駅東側地区土地区画整理事業とは?
松戸市が進めるこの事業は、幸谷地区の一部、約2.6ヘクタールを対象としています。
狭い道路の解消や駅前広場の整備、下水道・斜面緑地の整備などを通じて、安全で利用しやすい街づくりを目指しています。
計画では、バス停やタクシー乗り場、一般車の乗降場なども整備される予定です。
また、駅前に建設される建物には、商業施設や図書館などの導入も想定されています。ただし、施設の内容は現時点では決定していません。

2033年度の事業完了を目標に
松戸市が2026年5月に公表した情報によると、地区内の更地化は約9割まで進んでいるとのこと。
2026年度からの工事着手を目標としており、事業全体は2033年度の完了を目指しています。
ただし、工事の具体的な開始時期や今後の進捗によって、予定が変更される可能性があります。

新松戸駅東側のこれからの街づくり
新松戸駅東側では、駅前広場や道路などの整備が計画されています。
今回の街歩きでは、現在の駅周辺の様子を撮影してきました。
今後、この場所がどのように変わっていくのか楽しみですね。
なお、松戸市の公式ホームページでは、土地利用計画図などを確認できます。
▶ 新松戸駅東側地区土地区画整理事業について(松戸市公式サイト)
※計画内容は今後変更される場合があります。
まとめ|歴史と未来が交差する幸谷・新松戸の街歩き
今回は、流鉄流山線の幸谷駅を出発し、新松戸周辺を散策しました。
幸谷駅から少し歩くと、赤城神社や福昌寺、切られ地蔵など、地域の歴史を感じられるスポットが点在しています。
特に印象に残ったのは、2体並んだ切られ地蔵。それぞれ表情や姿が異なり、石に刻まれた古い文字からも、長い年月を経て大切にされてきたことがうかがえます。
街歩きの途中では「Cafe.幸谷 kouya」にも立ち寄りましたが、残念ながら満席でランチも完売。今回は入店できませんでしたが、次の機会に訪れてみたいと思います。
そして、新松戸駅東側では、新しい街づくりが進められています。
歴史ある街並みと、これから変わっていく駅前の風景。その両方に触れられるのが、幸谷・新松戸の魅力ではないでしょうか。
流鉄流山線の駅を起点に、普段は通り過ぎてしまう場所を歩いてみると、思いがけない発見があります。
皆さんも、幸谷・新松戸の街をゆっくり歩いてみてはいかがでしょうか。
▶ あわせて読みたい:流鉄流山線の始発駅「馬橋」から街歩き!
